Sense of Nerd
香川県東かがわ市出身、さいたま在住のrainfictionです。
mizushigarage.comのトップで流れている映像を撮影しました(P4Pさんの編集に感謝)。へっぽこ撮影班です。DJはできません。昨年は、みんなスゲーなかっこいいな、とか思いながらクルーのプレイを撮影していたんですが、90年代に東かがわ市で青春を過ごし、端っこのほうにいた身としては、2014年のイベントは、当時の空気感というか、ネイバーフッド感をパッケージした、まさにGarageの空気が再現されたイベントだったと思います。
さて、得意分野でブログを書いてみよ、との指令を受けましたので、nerd的視点から映画や小説などのカルチャーを題材に書いてみようと思います。ここはサイトの空気におもねって、90年代の良作ヒップホップ映画(「Juice」とか「Boyz n the Hood」とか)、あるいはBlaxploitation映画(「黒いジャガー」とか)について書くべきなのかもしれませんが、そもそもあんまり観てないし覚えてないし、ということで、まずは香川を舞台にした青春映画について。
「香川の映画?UDONだよね!」という人、あなたはおおいに間違っています。「知ってる。セカチューのロケ地」という人は、まあ許します。「二十四の瞳」という人はほんとうにいい映画ファンです。しかし、より大事な、青春映画の金字塔たる香川映画があります。
そうです。「青春デンデケデケデケ」です。
「青春デンデケデケデケ」は、直木賞を受賞した同名小説を原作とした映画で、1992年に公開されました。監督はあの大林宣彦。「映像の魔術師」と自分で言っちゃう、日本映画界における巨人、狂人の一人です。
もはや一ジャンルといえる「大林映画」の代表作として、「時をかける少女」をはじめ、尾道三部作などがありますが、本作の舞台は尾道ではなく、香川県観音寺市。香川県をふたつに折ると、東かがわ市のちょうど反対側で重なる市、西讃の町が舞台です。
あらすじ(Wikipediaより)
時は1965年3月、香川県観音寺市に住む高校進学を控えた少年・藤原竹良(ちっくん)は、ラジオから流れてきたベンチャーズの「パイプライン」の「デンデケデケデケ」というイントロに「電気的啓示」を受け、ロックミュージックに憧れる。高校に進学した竹良は、魚屋育ちの白井清一、寺の跡取りの合田富士男、練り物屋の息子の岡下巧といった一癖ある仲間を誘ってロックバンドを結成する。しかし彼らには楽器がなく、夏休みのアルバイトでお金を稼いで楽器を手に入れ、いざ練習となると場所の確保に一苦労…といった苦難を乗り越え、ようやくバンド「ロッキングホースメン」の活動がスタートする。
青春映画の定義について、自説を述べるならば、「世界が変わる地点を描いた映画」だと思っています。
その地点とは、そこを過ぎてはもう戻れない、誰かにとっての「人生」が変わってゆく時間、瞬間、出来事を指します。まあ一般論ですが、そもそもそれが青春映画におけるテーマであり、観客が求めるものでしょう。近作では「桐島、部活やめるってよ」や「スーパー・バッド 童貞ウォーズ」など、まさにその変化を物語の主軸にし、素晴らしい語り口で描いた映画が生まれていることからも、青春とはつまり、もう戻れない断絶の瞬間である、と言えます。
さて、「青春デンデケデケデケ」では、主人公が天啓として、エレキギターの旋律に衝撃を受け、そこから主人公たちの世界が変わってゆく様が描かれています。新たな友人、新たな体験、そして新たな社会への旅立ちと別れ。否応無しに変化へ飛び込んでゆく主人公たちの喜劇は、普遍的に語られるだけのユーモアとドラマを含んでいます。
そして他ならぬローカル映画の巨匠、大林監督のローカリズムへの偏愛により、観音寺の小さな町が、青春の豊かさをたたえる舞台になりうるのです。海の手前の橋、小さなお寺、堤防など、現在も変わらぬ魅力的なロケ地とともに、(東かがわのそれとは少し違う)讃岐弁によるモノローグによって、とても丁寧に、心地よく物語が語られます。バイト先は練り物工場。あーこんなやつ同級生に居たな、と思わせる、バンドメンバーの一人の富士男くんの実在感。そんな香川県民あるあるも豊富です。
世界を変えてしまうような、思春期の衝撃。誰の身にも起こり得る啓示です。
僕の場合、それはタランティーノの映画や「トゥルー・ロマンス」や渋谷系のオサレなビートだったのかもしれません。スマホもWEBもなかったあの時代。90年代に青春を過ごした人たちは皆同様に、何かに啓示を受けたはずです。
だからこそ、この映画で描かれる青春が、自らのそれと重なって見え、そして、優れた映画であるからこそ、青春を過ぎた今も、そういう見方ができる映画なのです。60年代の青春が、瀬戸内の町を媒介として90年代を通り過ぎ、今に繋がります。楽器が欲しくてしょぼいアルバイトでお金を貯める主人公たちは、かつての僕らであり、あの町に住むいつかの誰かの姿です。バイトしてターンテーブル買ったりね。
そしていつの間にか、世界は変わっていて、もうあの地点には戻れないことに気づくのです。そういうものです。啓示こそ青春なのです。青いです。文化祭でバンドなんて、青すぎるぜ。
大林映画の中でも、狂った演出が抑制され、甘ったるくなく、ウェルメイドなつくりの本作。久石譲が音楽監督をつとめ、音楽面の演出もバッチリ。誰が観ても楽しめる良作だと思います。「二十四の瞳」の監督、木下恵介を敬愛する大林監督が香川県を舞台にした映画を撮る、なんてのも、テンション上がる要素です。
電気的啓示(エレクトリック・リベレーション)を受け取るのに、夏はうってつけの季節。60年代、90年代の夏が、かつての少年たちにとって啓示の夏であったように、今年の夏も誰かにとって、啓示が訪れる夏になるといいですね。
そんな啓示を求めて、狂った青春映画が観たい場合は松岡錠司監督「バタアシ金魚」や、相米慎二「台風クラブ」を観てください。クラクラしますよ。